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東京地方裁判所 平成6年(ワ)13365号 判決 1995年1月24日

原告

篠塚健一

右訴訟代理人弁護士

桃尾重明

被告

東レ建設株式会社

右代表者代表取締役

若竹晋作

右訴訟代理人弁護士

原田昇

主文

一  被告は、原告に対し、別紙請求債権目録記載一の各金員及びこれに対する同目録記載二の日からそれぞれ支払済みまで日歩五銭の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文と同旨

第二  事案の概要

本件は、建物の賃料につき一二年間は三年毎に一定割合の増額の合意をしたとして、その合意に基づく賃料を請求した事案である。

一  争いのない事実等(証拠の記載がなければ争いのない事実である。)

1  原告は、別紙物件目録記載の土地、建物(以下「本件土地、建物」という。)を所有している。

原告は、本件建物が建築される前は、本件土地上にあった店舗用建物において、「株式会社いとこう」という呉服商を経営し、同土地上にあった別棟に居住していた。

2  被告は、総合建築請負業、不動産賃貸業を営む会社であるが、平成元年二月二三日、原告との間で、次のとおり合意した(甲一、以下「本件基本合意」という。)。

(一) 原告は、被告に対し、本件建物の建築を総請負金額三億一八〇〇万円以下で発注し、被告はこれを受注することを予約する。

(二) 被告は、原告が本件建物を賃貸した場合の収益が一定額以上になることを一二年間保証し、当該保証を信頼して原告が本件建物の建築を被告に依頼する予定になっていることに鑑み、その目的を達成する方法として、本件建物が完成した場合には、これを一括して一定の条件(後記4の賃貸借契約とほぼ同旨)で賃貸することに同意する。

3  原告は、被告の右収益保証を前提に、被告との間で本件建物を建築するための建築請負契約を代金三億一五五〇万円で締結し(甲二、以下「本件請負契約」という。)、被告はこれを完成し、代金の授受も終了した。

4  原告と被告は、2の合意に従い、平成元年三月三一日、本件建物について次のとおりの内容の賃貸借契約を締結した(甲三、以下「本件賃貸借契約」、という。)。

(一) 被告は本件建物の各区画を転貸することを目的としてこれを賃借する。

(二) 賃貸期間は一二年間(後日、平成二年四月一日から平成一四年三月三一日と定められた。)とする。

(三) 最初の三年間の賃料は一階の専有部分については一か月一坪当たり一万円、二階ないし五階専有部分については一か月一坪当たり一万一〇〇〇円、合計一か月三〇九万一七〇〇円(いずれも消費税込み。)とする。

(四) 賃料は、三年毎に一回見直しを行い、諸物価の変動、公租公課(消費税を含む。)の増減、被告のテナントが被告に支払う賃料の額、その他の経済情勢の変動を考慮して原告被告協議の上取り決めるものとする。但し、いかなる場合でも各期の賃料はそれぞれ直前の期の賃料に対し、四年目以後第六年目までは一一〇パーセント以上、第七年目以後九年目までは一〇六パーセント以上、第一〇年目以後一二年目までは一〇三パーセント以上とする。

(五) 被告が金銭債務の履行を遅滞したときは、日歩五銭の割合による遅延損害金を請求できる。

5  平成二年三月、本件建物が完成し、原告は、被告に対し、本件賃貸借契約に基づきこれを引き渡し、被告は、第三者に転貸してサブリース事業を開始した。

6  被告は、平成五年四月一日以降も従前の賃料と同額の月額三〇九万一七〇〇円の賃料を支払っている。

二  原告の主張

本件賃貸借契約によれば、平成五年四月一日以降平成八年三月三一日までは、賃料は最低一か月三四〇万八七〇円(一〇パーセント増)となるので、従前賃料との差額につき、請求の趣旨のとおりの支払を求める。

三  被告の主張

1  本件賃貸借契約における賃料増額に関する条項は、当事者が協議をして定めるべきもので、協議をせずに最低一〇パーセント増額されるといういわゆる自動定率増額の特約には当たらない。

2  仮に自動定率増額の特約に該当するならば、右特約は、強行法規と解される借地借家法三二条一、二項に違反し、無効である。

3  右条項所定の経済事情の変動が生じないのに賃料の増額をするとか、その増額の程度が経済事情の変動の程度と著しく乖離するような不合理なものである場合、または特約の成立した際に当事者が前提としていた事情が失われた場合には、事情変更の原則ないし信義公平の原則に照らして特約は無効となる。

本件基本合意及び本件賃貸借契約が締結された平成元年二月ないし三月当時は、わが国の経済成長は上昇の一途を辿っていたが、平成三年に入るといわゆるバブル経済の崩壊により急激な不景気の到来により、賃貸物件の需要は大幅に落ち込み、家賃相場も急激に低落したのであり、その著しい経済変動により、本件賃貸借契約における賃料増額の特約は、平成五年四月当時既に効力を失ったものである。

4  更に、右の事情変更は、当事者にとって予見不可能のものであり、当事者の責めに帰しえない事由によるものであるから、原告の本訴請求は信義則上許されず権利の濫用というべきである。

5  被告は、3のとおりの経済事情の変動があったので、平成五年四月一日以降の賃料の増額分(従前賃料の一〇パーセント分)の支払を拒絶したが、これは増額された賃料を基準とすると、賃料の減額請求をしたのと異ならないから、結局本件賃貸借契約における賃料は増額されてはいないことになる。

四  争点

1  本件賃貸借契約における賃料増額の特約は無効か、また原告の請求は権利の濫用となるか。

2  被告による賃料減額請求の効力

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  第二の一の4の(四)の賃料に関する合意は、三年毎に一回見直しをして原告被告協議の上取り決めることになっているが、その但書において、「いかなる場合でも各期の賃料はそれぞれ直前の期の賃料に対し、四年目以後第六年目までは一一〇パーセント以上……とする。」と定めているところから、協議が成立しない場合においても最低一〇パーセント増額するとの合意をしたものと解釈するのが相当である。したがって、右の合意は、いわゆる自動定率増額の特約を含むというべきである。

2 右の賃料増額に関する合意が、自動定率増額の特約に該当するとしても、右の合意を前提として、借地借家法三二条一項所定の借賃減額請求権の行使は当然許されると解すべきであるから、右条項の強行法規性に違反するものでないことは明らかである。

3  平成元年当時のわが国の経済成長は上昇の一途を辿っていたが、平成三年になるといわゆるバブル経済の崩壊により急激に不景気となり、激しい経済変動が生じたことは当裁判所に顕著であり、後記認定のとおり、賃貸物件の需要の落ち込みにより家賃相場は相当程度低落してはいるものの、右の程度で、原告被告間の、賃料増額に関する合意を法的に無効と評価することなど到底許されるものではない。

また、本訴請求が信義則上許されず権利の濫用となるものではないことも明らかである。

二  争点2について

被告は、平成五年四月一日以降の賃料の増額分(従前賃料の一〇パーセント分)の支払を拒絶しているところ、これは増額された賃料を基準とすると、賃料の減額請求の意思表示をしたものと解することも可能であるので、この点について判断する。

一の3のとおり、平成三年になるといわゆるバブル経済の崩壊により激しい経済変動が生じ、証拠(乙一ないし五、弁論の全趣旨)によると、平成二年ないし同六年までの賃貸マンション・アパートの家賃相場は、別紙証拠説明書記載のとおり、次第に低落していることが認められる。従前の家賃相場は、毎年上昇していたのであるから、右の経済事情の変動は、借地借家法三二条一項の借賃減額請求の事由となり得ると解することもできる。

しかしながら、本件においては、第二の一の事実及び証拠(甲九、一二)によると、①被告は総合建築請負業、不動産賃貸業を営む会社で、東レ株式会社の子会社であること(当事者間に争いがない)、②本件基本合意は、本件請負契約と本件賃貸借契約(一二年間の収益保証を前提とする賃料増額の特約付)を予定しており、被告においては、本件建物を第三者に転貸してサブリース事業をすることを予定しており、マンション建設業者及び賃貸業者としてその営業利益の確保を目的としたプロジェクトであったこと、③原告は、右の収益保証を前提として、銀行から多額の融資を受けて本件請負契約を締結しており、その意味で、本件基本合意、本件請負契約及び本件賃貸借契約はそれぞれ牽連性を有していること、が認められる。

以上の、本件賃貸借の成立に関する経緯等諸般の事情を斟酌すると、前記の経済事情の変動を考慮しても、現時点においては、被告主張の借賃減額請求を正当として是認することはできない。

三  よって、原告の請求は理由があるから認容し、主文のとおり判決する。

(裁判官佐藤康)

別紙<省略>

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